東京電力福島原子力発電所事故調査委員会

東日本大震災、そしてあの忌まわしい事故から丸3年が経とうとしています。被災地が徐々に復興の兆しを見せるなか、炉心溶融を起こし、燃料が原子炉圧力容器を突き抜けた原発の廃炉という世界的に見ても前例のない難事業はまだまだ始まったばかりで、原発事故の収束は先が見えない状態となっています。3年の月日が流れたというのに未だ家に帰ることすら叶わない人たちが大勢いるのが現状です。廃炉には30年~40年の歳月がかかるとされており、使用済み燃料の取り出しや汚染水の処理、トリチウムを含んだ水の処理方法など課題は山積みです。そんな中、なぜ事故が起きてしまったのか、今後二度とこのような事故を起こさないためにはどんな対策が必要なのかを調査・検証する機関がいくつか発足しました。このサイトではその調査委員会についてまとめています。

東京電力福島原子力発電所事故調査委員会について

東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(国会事故調)は、「2011年東北地方太平洋沖地震に伴う東京電力福島原子力発電所事故に係る経緯・原因の究明を行う」、「今後の原子力発電所の事故の防止及び事故に伴い発生する被害の軽減のために施策又は措置について提言を行う」とこを目的として、東京電力福島原子力発電所事故調査委員会法に雄基づいて国会に設置された機関です。当委員会は立法の国会が法律に基づき設けた事故調査委員会であり、行政としての閣議決定により内閣が設けた「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」とは成立の根拠が異なっています。事故調査委員会は東京電力やその関連事業体、また政府・内閣を含む関係行政機関などから聞き取り調査や資料などの提出や参考人として出頭を求めることができます。また委員会は必要があるとき「東京電力福島原子力発電所事故に係る両議院の議院運営委員会の合同協議会」に対し国会法の附則抄とされた第7項などによる国政に関する調査を要請することができます。委員長と9人の委員は任命された日から起算しておおむね6ヶ月後に調査結果報告書を衆議院議長及び参議院議長に提出しなければならないとされており、2012年7月5日両議長に報告し、また同時に公表されました。なお委員会設置の根拠となる「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会法」は施行から1年で効力を失います。委員会の会議は公開することを基本とし、USTREAMやニコニコ生放送、衆議院TVでも中継され、傍聴者も募られました。会議録は衆参両院で保存され、特に秘密を要しない会議録は各議院の議員にも配布されました。委員会の発足は2011年12月8日で、同日開かれた委員任命式後の記者会見で、黒川清委員長は「国民の、国民による、国民のための調査を行いたい。世界の中での日本の信頼を立て直したい。」と述べています。2011年12月19日に福島市で初会合を開き、事故調査、被害調査、政策調査と政策提言の4つの作業部会を設けることを決めました。

活動内容

事故の直接および間接の原因、事故に伴い発生した被害の直接および間接の原因、関係行政機関その他関係者が事故に対し講じた措置の内容、被害の軽減のために講じた措置の内容、措置が講じられるまでの経緯ならびに措置の効果を究明または検証するための調査を行います。またこれまでの原子力に関する政策の決定、了解および経緯その他の事項についての調査を適確に行います。さらに原子力に関する基本的な政策とそれに関する事項を所掌する行政組織の在り方の見直し、原子力発電所の事故の防止と原子力発電所の事故に伴い発生する被害の軽減のため講ずべき施策や措置について提言を行います。黒川委員長以下10人の委員とスタッフは、延べ1167人の関係者から900時間にも及ぶヒヤリングを行いました。さらに被災者400名を集めたタウンミーティングを3回行った他、1万人を超える被災住民からアンケート調査を行い、海外調査も3回行いました。

構成員

委員長

  • 黒川清・・・医学博士、東京大学名誉教授、元日本学術会議会長、元内閣特別顧問

委員

  • 石橋克彦・・・地震学者、神戸大学名誉教授、元東京大学地震研究所助手
  • 大島賢三・・・独立行政法人国際協力機構顧問、元国際連合大使
  • 崎山比早子・・・医学博士、元放射線医学総合研究所主任研究官
  • 櫻井正史・・・弁護士、元名古屋高等検察庁検事長、元防衛省防衛監察監
  • 田中耕一・・・化学者、株式会社島津製作所フェロー、ノーベル賞受賞者
  • 田中三彦・・・科学ジャーナリスト
  • 野村修也・・・中央大学大学院法務研究科教授、弁護士、コンプライアンスの専門家
  • 蜂須賀禮子・・・福島県大熊町商工会会長
  • 横山禎徳・・・社会システム・デザイナー、東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム企画・推進責任者

参与(2012年2月9日任命)

  • 木村逸郎・・・京都大学名誉教授、財団法人大阪科学技術センター顧問
  • 児玉龍彦・・・東京大学アイソトープ総合センター長
  • 八田達夫・・・大阪大学名誉教授、政策研究大学院大学名誉教授

報告書

2012年7月5日に国会事故調査委員会報告書が発表されました。同報告書では、福島原発事故は「人災」によって発生したとしています。同日量さ活動を終了し、同年10月24日に事務局が閉鎖されました。報告書は全文日本語と英語で公表され、インターネット上に公開されたほか、メディアランド版および徳間書店版が出版されています。事故の真相を明らかにして国民の信頼と世界の信用を取り戻すために発足された委員会でしたが、約7か月をかけて制作された報告書は衆参両院に所属する国会議員すべての元に配られたにも関わらず、報告書が提出されてからもしばらくは国会で取り上げられることはありませんでした。2012年12月15日~17日に「原子力安全に関する福島閣僚会議」への出席を打診した外務省の官僚は委員長の黒川に対し「この報告書はいつ出たんですか」と尋ねたそうです。報告書提出から9ヶ月が経った2013年4月8日になってようやく国会が対応しはじめました。衆議院原子力問題調査特別委員会が、元委員長の黒川、田中三彦、石橋克彦など9人を参考人聴取し、黒川は「事故は明らかにまだ収束していない」と述べています。報告書の内容を以下に一部抜粋しました。

報告書の内容

  • 事故は継続しており、被災後の福島第一原子力発電所の建物と設備の脆弱性及び被害を受けた住民への対応は急務である。今後も独立した第三者によって継続して厳しく監視、検証されるべきである。
  • 事故の根源的原因は歴代の規制当局と東電との関係について、「規制する立場とされる立場が『逆転関係」となることによる原子力安全についての監視・監督機能の崩壊が起きた点に求められ、何度も事前に対策を立てるチャンスがあったことに鑑みれば、「自然災害」ではなくあきらかに「人災」である。
  • 事故の直接的原因について、安全上重要な機器の地震による損傷はないとは確定的には言えない。
  • 過酷事故に対する十分な準備、レベルの高い知識と訓練、機材の点検がなされ、また、緊急性について運転員・作業員に対する時間的要件の具体的な指示ができる準備があれば、より効果的な事後対応ができた可能性は否定できない。すなわち、東電の組織的な問題である。
  • 被害を最小化できなかった最大の原因は「官邸及び規制当局を含めた危機管理体制が機能しなかったこと」、そして「緊急時対応において事業者の責任、政府の責任の境界が曖昧であったこと」にある。
  • 避難指示が住民に的確に伝わらなかった点について、「これまでの規制当局の原子力防災対策への怠慢と、当時の官邸、規制当局の危機管理意識の低さが、今回の住民避難の混乱の根底にあり、住民の健康と安全に関して責任を持つべき官邸及び規制当局の危機管理体制は機能しなかった」。
  • 被災地の住民にとって事故の状況は続いている。放射線被ばくによる健康問題、家族、生活基盤の崩壊、そして広大な土地の環境汚染問題は深刻である。いまだに被災者住民の避難生活は続き、必要な除染、あるいは復興の道筋も見えていない。当委員会には多数の住民の方々からの悲痛な声が届けられている。先の見えない避難所生活など現在も多くの人が心身ともに苦難の生活を強いられている。政府、規制当局の住民の健康と安全を守る意思の欠如と健康を守る対策の遅れ、被害を受けた住民の生活基盤回復の対応の遅れ、さらには受け手の視点を考えない情報公表がその理由。
  • 事故原因を個々人の資質、能力の問題に帰結させるのではなく、規制される側とする側の「逆転関係」を形成した真因である「組織的、制度的問題」がこのような「人災」を引き起こしたと考える。この根本原因の解決なくして、単に人を入れ替え、あるいは組織の名称を変えるだけでは、再発防止は不可能である。
  • 規制された以上の安全対策を行わず、常により高い安全を目指す姿勢に欠け、また、緊急時に、発電所の事故対応の支援ができない現場軽視の東京電力経営陣の姿勢は、原子力を扱う事業者としての資格があるのか疑問。
  • 規制当局は組織の形態あるいは位置付けを変えるだけではなく、その実態の抜本的な転換を行わない限り、国民の安全は守られない。国際的な安全基準に背を向ける内向きの態度を改め、国際社会から信頼される規制機関への脱皮が必要である。また今回の事故を契機に、変化に対応し継続的に自己改革を続けていく姿勢が必要である。
  • 原子力法規制は、その目的、法体系を含めた法規制全般について、抜本的に見直す必要がある。かかる見直しに当たっては、世界の最新の技術的知見などを反映し、この反映を担保するための仕組みを構築するべきである。

調査終了後の動き

2013年2月7日、元委員・田中三彦が記者会見で明らかにしたことによれば、1号機原子炉建屋4階の非常用復水器が津波ではなく、事前の地震によって壊れ機能しなかたとの疑念のため2012年3月の調査を申し入れたのですが、2012年2月28日に東京電力企画部長に4階は真っ暗で危険であると映像を伴い説明され、調査を断念しました。しかし、その説明が虚偽であることが分かり調査妨害であったとして、衆参両議長と経済産業相に文書を提出して調査を要請しました。2013年3月13日、元仙台高等裁判所長官・田中康久を委員長とする東京電力が設けた第三者検証委員会は報告書をまとめました。報告書は企画部長の勘違いによる説明であり事実隠蔽や組織的関与はなかったとしましたが、他の職員が部長の勘違いを正さなかったり、説明前に上司の判断を仰がなかったことなどを指摘し、併せて職員に対して当事故調査委員会への協力指示が不徹底だったとする東電社内の意志融通改善を求めました。2013年4月8日には、初めて開かれた原子力問題調査特別委員会に原子力規制委員会委員となった大島賢三を除く、委員長および委員計9人が参考人として呼ばれました。また同年5月1日、原子力規制委員会は福島第一原子力発電所事故に対する初回の検討会を開き、同年2月7日に田中だ指摘した疑念や政府事故調などからも提起される未解明な16項目などを今後検討していくこととしました。

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